平成27年12月16日(水)

 10月から12月にかけて、藤沢市の遊行寺(清浄光寺)宝物館と県立博物館、県立金沢文庫の3館で国宝の『一遍聖絵』(いっぺんひじりえ)が同時に展示される企画展が行われていましたが、そのうちの遊行寺と県立博物館(横浜馬車道)を見ることができました。

この『一遍聖絵』は全12巻の絵巻物で、正安元年(1299)に制作されました。描いたのは法眼円伊(ほうげんえんい)と言われており、縦約38㎝、全巻合計すると長さ120mを超す大作で、中世の史料として非常に価値が高いとされています。多くの場面は遠く高い視点から見ているような俯瞰的な描写で、寺社や建築物や境内などが、あたかも見てきたかのように描かれていました。登場人物の身分も様々で、実に表情豊かに中世における様々な人間の生活や社会の様子が細心の筆で写し出されていて、本物が持つ圧倒的な迫力に改めて感動しました。

 実は中学校の教員だった頃にこの絵を使って授業を行ったことがあります。使用したのは『一遍聖絵』の筑前国(福岡県)の武士の館と言われる場面です。絵画史料は、あまり歴史に関心のない子どもにとっても興味を持ちやすく、特別な知識や経験がなくとも、子どもたちが自分なりの着眼点をもって、自由に発想できる点でメリットが大きいのです。絵巻をじっくり眺めると、老若男女を含めた様々な人物や事物、建物、風景が描かれ、当時の人々の息遣いが聞こえてくるようであり、歴史に興味を持つための第一歩として絵画史料は非常に役立ちます。この武士の館の場面でも一遍上人が複数描かれる、絵巻独特の技法である異時同図法が使われ、一場面の中で時が流れる様子を表現しています。

 現在では、アニメやゲームなどはめまぐるしく動いていきますが、当時の人々は絵巻物を自分の手で繰り出し巻き取りながら、自分の頭の中で登場人物を動かし、想像力を働かせていたのだと思います。宝物館や博物館などで絵巻物に出会う機会があれば、その絵に描かれている人物や、動物、その他様々な事物その一つひとつがどのようなもので、どんな目的をもってそこにあるのかを考えながら鑑賞すると面白いのではないでしょうか。また、一つの絵画からどのような人々の生活が浮かびあがり、どのような目的でその絵巻物が描かれたのかを考えてみたいものです。