12月号の巻頭言「ABCが表すもの ~評価を考える~」について十数件のご意見をいただきました。お時間を割いてコメントいただいたみなさん、本当にありがとうございます。

岐阜県美濃市や静岡県掛川市のように、通知表の代わりに評価を別の方法で伝えようとする動きが広がりつつあります。本校でも、より子どもの励みになり、成長の足掛かりになるような評価の伝え方について議論を続けています。


■保護者のみなさまより

◎私は、指導要録とは別に、通知表という形で子どもの学習状況を示すことには賛成です。評価があることで、子どもが自分の現在地や伸びしろを知るきっかけにもなると思います。また「態度」の評価については主観が入りやすいという課題は理解しつつも、人と関わるうえで必要な“態度を調整する力”や、ときには理不尽さや相性の不一致を経験することも、子どもが社会で生きていくための大切な学びだと感じています。
大人が環境を整えすぎることで、子どもが「我慢する」「折り合いをつける」という経験から遠ざかり、結果的に社会でつまずきやすくなるケースもあると感じています。そのため、一定の評価を受けることから学ぶ力もあると思います。
評価は子どもを序列化するためではなく、自分の課題や成長の方向性を知るために活用されることを望みます。


担任により評価がばらつくのが問題だと思います。我が子の場合、1,2年はAが多かったのですが、3年ではテストの成績もほとんど変わっていないのに全てBになり基準がブレれいると感じました。また、小さいうちは平均以上ならA評価として自信をつけさせる方が重要ではないかと思います。プロスポーツ選手の統計では4月生まれが多く生まれ月が遅くなるに従って割合が減るといいます。周囲と比較して劣っていると自覚させることでやる気を失わせ将来の可能性を狭めてしまわないようにしてください。


達成度に対して評価は必要だと思う。子供のモチベーションにつながる。大人が、優劣の問題ではないことを伝えていく努力をすればいいと思う。


今月の巻頭言を読み、評価する事に対して様々な意見や問題が生じている事を知ることができました。私は、小学校では基礎学力の習得・社会性の育成・心身の発達を行う場だと考えております。これからの人生で「評価」される場面はたくさん出てくると思います。その評価をされた時にどう受け止めて、どのように自分の心を律するかが重要で、その能力を身につけて欲しいと思います。評価を簡易化して「無用な序列を生む」事を避けるのではなく、「無用な序列が生まれた時にどう対応するのか」を学ぶ場になって欲しいと思います。
評価は現時点での自分の立ち位置を知ることが出来るものであり、この一つの評価で人生が決まるものではありません。評価を頂いて、それについて考えていく時間が必要だと思います。個人的には、主観的意見が入るのは当然のことだと思います。評価という考える材料となるものであれば、様式はなんでも構わないと思います。
いつも真摯に子どもたちと向き合って頂きありがとうございます。


テストの点数やノート、成果物等をもとに「ABC」の3段階で評価しているということでしたら、ABCという結果を書く、書かないは置いときまして、ABCという判断に至るまでの情報、例として、各児童の特徴、テスト結果、成果物、宿題への取組み、強み、弱み、課題点など、いくつかの項目に分けて文章で記載いただいた方がよいのではと考えます。
私個人の感覚としましては、かがやきの結果が、Aだったら、それで良いと思えるわけではなく、また、B、Cだったとしても、どうすればステップアップしていけるかが重要なポイントになるかと考えています。
折角、先生の皆様に、時間をかけて児童にABCという判断をつけていただいているので、その判断にいたった内容の方が価値が高いのではないでしょうか。
もちろん文章にすることは大変かと思いますが、先生の皆様の労力を見える化することにもなるので、双方にとって良いのではと思う次第です。


学びの判断基準の一つとして必要だと思う。但し、基準そのものに地域、学校やクラス、学年で差があったとしても保護者側にはわからないので、全てが正しい評価だと判断は出来ない。
「知識」「思考」などはある程度テスト等で測れるが、「態度」は一時的な主観に偏る恐れもある。大勢の前では態度に出せない子、逆にその方が向いている子、色々な意見を聞いてその場ではなく後から判断する子、など色々なパターンがあると思う。態度に出ないから評価が低い、その逆などは誤った判断になりかねないと思う。(仰る「偽装態度」にあたるのでしょうか。)
学び方についても、ペースに合わせたコースに分けて進める方法は良いと考えてます。


毎年丁寧にABCについての評価基準を親子共々に説明してくださっており、そこは子供たちも理解していると思う。AであれBであれCであれきちんと家庭でもその過程について話すツールとして使うべきだと思っている。点数評価すること自体は学ぶ上で避けられないし、評価する、されるという事も学ぶべきことだと思う。点数ではなく「評価」されることは社会人においても必要であり今後避けられない事なので。数字的評価もさる事ながら先生との日々のやり取りや家庭でのコミュニケーションが非常に重要だと思う。テストやかがやきの返却の際にある程度序列的な感情は生まれるとは思うがもはやその一瞬の記憶よりも日々の授業展開や家庭でのやり取りにおいて子供たちは影響を受けており心に響いているのではと感じる。


「評価」についての個人的な考え
大学入試の制度や就職試験の制度が変わらない限り、子ども達は早かれ遅かれ評価される事になるので、数値化された評価はあるべきと考えます。また、就職後も評価によって職級や給与も決まるので、そのような社会で生きていくために、評価される事を子どもの頃から知っておいた方がよいと考えます。
問題とすべきなのは、評価される事自体ではなく、評価をどのように生かすかではないでしょうか。自分の思うような評価ではなかった時、また人と比べて自分の評価が低かった時、仰る通り、自己肯定感が下がる事もあるかもしれませんが、何が自分に足りなかったのかを考えて学習に結びつける事を大人が励ます事ができれば、弱点を克服して自己肯定感を上げる事ができると思います。
自己肯定感を下げない事を目的とするよりも、自己肯定感が下がってしまった時に自己肯定感を上げるために何ができるかを考える力を付ける事の方が大切だと思いますし、それが校長先生の仰る「自ら問いを立て学び続ける」にも繋がるのではないでしょうか。
自己肯定感を上げるための努力を一人一人が実践する事ができれば、自然と無用な序列は無くなると思います。

ここからは本題から少し逸れます。
宿泊行事のアンケートの時にも感じたのですが、アンケートの目的が曖昧だと思います。校長先生が、従来通りの教育ではなく時代に合わせて教育も変えていく必要があるため議論を深めようとしている事は理解できるのですが、新しい方向性や代替案を示す事がなく、一から全てこちらに考えさて回答させるアンケートのやり方は、少し雑な印象を受けます。
問題だと考えられている制度の代替案を提示して頂き、それについての賛否の設問を設けた上で自由な意見の記入欄を設けるなど、工夫して頂けるとこちらとしても回答しやすいです。ただ、宿泊行事についてのアンケートでも様々な意見が出ておりましたが、それについてのフィードバックも無いので、問題提起だけが目的ならば、アンケートまで取る必要があるのかと疑問に感じています。


3段階だと少し幅が広い気がします。
例えばBは、Aに近いものかCに近いものか判別がし辛いです。
でも色々な評価の仕方を模索されている姿勢はとてもありがたいです。


「ABC評価」を「悪い」とは思いません。しかし、「多数の子がB」という状況は、評価する意味があるのかなぁと感じるのも事実。本人は頑張ったし、得意!と思っている教科がBだと、少し(いえ、かなり)しょんぼりしています。また、Cが付くことで、なんとなく感じていた苦手意識が確かなものになるようです。
評価が何であっても、言葉で褒めたり励ましたりするのですが、親としては「きっとこうなんじゃないかな?」としか伝えられません。
通知表に関しては、3段階評価ではなく、短くても言葉で評価をいただけると子供の力になると思うのですが…
先生方のご負担が増え現実的ではないと思いますが、私の考える理想だけ書かせていただきました。


良いと思う


現状の評価で問題ないと考えます。通知表としていただくので本人のやる気にも繋がると同時に課題も明確化するので、親として対応しやすいです。先生方も日々お忙しいので、評価の簡略化などは今後検討しても良いのではとも思います。


今回のご説明は、
・客観性の限界
・同じペースで成長が前提
・無用な序列を生む
という問題(あやうさ)があることと、法律で定められていないため、鴨居小学校として3段階評価の見直し=評価しないことを考慮した見直しを検討している、ということでしょうか?その前提で意見を述べさせていただきます。
小学校の6年間で数値評価を受けないまま育つことには強い不安があります。上の子は3段階評価のもとで育ちましたが、それでも、中学校に進学してからの5段階評価・内申点・定期テストといった「評価される仕組み」への移行に戸惑いがありました。小学校で評価がなかったら、もっと大きな不安になっていたと思います。
評価というものは"大学入試・企業への就職"を頂点とした指標と学年だよりにもありましたが、就職までつながる指標であることは間違いなく、小学校だけが評価の形を弱めることには疑問があります。
私が懸念しているのはこの点です。

以下個別にコメントします。
・客観性は重要ですが、人が付けるものです。主観が入るのは当然です。評価方法をより客観的にしようという検討はなされても、評価自体の見直しというのは理由になりません。
・「同じペースで成長が前提」については、ここに切り込むのであれば小学校だけの問題ではありません。中学もテストの点数で評価が決まります。それにより高校の選択肢が決まります。繰り返しますが、小学校だけ評価を緩めることはデメリットになりえます。
・小学生に序列は無用ということでしょうか?しかし、世の中は残酷ですがすべて序列があります。その時に自分がどう向き合い、苦手と得意を見つけ、どの選択を取れるかが重要なのではないでしょうか。なお、上の子は通知表を見せ合わないようにと指示があったようです。たった2年前までの鴨居小学校でのことです。このような配慮や、評価の受け止め方を家庭や学校で伝えていくことの方が有益と考えます。

評価制度全体は小学生から将来へつながる指標であることを踏まえ、理念だけでなく現実的な影響を重視し、慎重に検討していただきたいと考えます。
なお、これらの意見はすべて公開されることを希望します。


従来通りでいいと思います。評価者が担任の先生なのだから、その主観が影響するのは当たり前だと考えます。
他者との比較で自己肯定感の低下が懸念されるとありますが、成長過程において必要なプロセスだと思います。


「かがやき」のABCは学校での学習の様子として子どもを理解するのに助けになっています。しかし、教科のどの単元を苦手としているのか、ついていけていないところはないか、などの心配がある時に課題がわかりづらいと感じます。
今はまだ2年生で、大きな問題はなさそうですが、今後、学年が上がり学ぶ内容が難しくなっていく時に心配です。何がわからないのか、わからない状態にならないとよいのですが…。


■学校関係者より

1~4年生までは、ABC評価ではなく到達度評価にしてはどうかなと思います。何ができていて何ができていないのかを〇と空欄でお伝えするのです。例えば、3年算数では、3桁の数足し算引き算ができるのように具体的な指標を示します。そうすれば、教師も保護者、児童とも振り返りやすくなるなと思います。そうすれば、指導要録の内容を通知表で示す必要はないかなと思います。ただ、中学校への接続で56年生からはABC評価、評定もつけるべきだと考えています。


■地域のみなさまより

興味深く学校だよりを読みました。評価のプラス面(学習意欲促進)もあるのか?とも思います。例えば教育先進国と呼ばれる諸国では、評価をどのように行っているか?その影響等も参考に出来たりするのかも。