10月5日(水)10:00~ 区P連校外指導部会 打ち合わせ

 区P連の常任委員会だけでは時間が足りないので、今日は校外指導部会の9校の常任委員が二俣川小に集まり、登下校アンケートについて話し合いました。

 

同日      12:30~ 万騎中ブロック家庭教育学級 打ち合わせ

 その後、万騎中ブロックの5人が残り、ランチを食べながら、家庭教育学級の活動“各委員会の情報交換会”について、話し合いました。ランチを食べながらにしたのは、時間の節約です。食べながら話して、食べ終えたらさっさと片付けてもらって、また話し合い。

 

同日      16:00~ 記念誌打ち合わせ

 万騎中ブロックの話し合いを途中で抜けて、次は南本小・相談室へ向かいます。今日は16時から、記念誌の打ち合わせ。雑用をしたいのもあって、ちょっと早めに相談室に行きました。

 記念誌は、今日も校正。最後に、校長先生と副校長先生、鈴木先生、朝倉先生に校正をお願いしました。

 

 

10月6日(木)9:30~ P内打ち合わせ→第6回役員会→第5回実行委員会

 

 

10月7日(金)16:00~ 第8回40周年実行委員会

 今日の実行委員会は、式次第の校正でした。また、校正…。誤字脱字くらいはわかりますが、来賓の議員さんの順番などは、もう全くわかりません。自治会長さんや前PTA会長さんたちが仰ることを「ほぉ~」と思いながら、ただただ聞いておりました。1時間ほど経過し、ラ・シードさんが来られるため、松山先生と私は相談室へ。ラ・シードさんとの最後の打ち合わせです。

 

同日      17:00~ 記念誌

 大跡会長と記念誌担当の先生たち、私で校正はほぼ完了と思っていたら、真っ赤っかになって戻ってきており、あわてて、校正。

 

 

10月12日(水) 8:40集合 網はずし・ホース洗い・干場作り

 8月25日に張った網をはずします。まずは説明。来年スムーズに網を張れるようにきちんと片付ける方法があるのですが、ややこしくて理解できないまま作業に入りました。

 網に番号がつけてあり、網のたたみ方や丸める方向などが決まっているようです。図形や立体を把握する能力が異常に低いので、どこがどこと合うとか、頭の中で全く想像できず、私はただの役立たず。しっかりした水田委員さんや保護者さんが難しい役をやってくれました。

 一松さんが「後始末、後片付けの大切さ」を話してくださいました。来年のために丁寧に片付けるのです。すごく昔、たまたま見ていたテレビで、所ジョージが「何のために片付けるかと言えば、次遊ぶ時に早く遊べるように今片付けろということ。散らかっていて汚いから片付けろ、じゃない。片付けって、次に早く楽しく遊ぶための準備なんだよ」という内容のことを言っていたのを思い出しました。その時「ほ~」っと、目からウロコだったのに、やはり後片付けは面倒くさい。とりあえず、来夏、暑くなった時すぐ扇風機が出せるように、扇風機をキレイに拭いて仕舞おうと決意しました(当たり前、ですかね…)。

 網が片付いたら、ホース洗いと干場作りに分かれて作業。竹を運んで組む。じわじわと疲れがたまり、干場完成!と思ったら「もう1列作るから、竹運んで」との指示。ちょっと絶望的になりながら、黙々と竹を運びました。ホース洗いもなかなか泥が落ちず苦労したそうです。

 

 

10月14日(金)16:00~ 第9回40周年実行委員会

 こまかい訂正や打ち合わせ。

 そして、この日が最後の実行委員会。あとは本番、当日。うまくいきますように。

 

 

10月15日(土)8:40集合 稲刈り

 ついに、稲刈りです。気持ちいいほど、晴れてます。ギャラリーも大勢。写真屋・伴さんも走り回って、飛び回って写真を撮っていらっしゃいました。

 昨年、稲刈りのお手伝いの係をしました。次から次に運ばれてくる稲を束ねて、干場にかける。そのスピードに疲れ果ててしまい、私は大池から歩いて家に帰れず、夫に迎えに来てもらいました。今年も覚悟を決めてやって来ましたが、あずま屋担当になり、稲刈り作業はしませんでした。

 この日は秋晴れ。晴れ過ぎて、日なたは歩いてるだけで暑い。途中、水分補給をしてもらいたいのですが、子どもたちも働いているのに大人だけお茶を飲むわけにもいかず…。「子どもたちが終わるまで、終わるまで待ってください」と申し訳なく思いながら、子どもの作業終了を待ちました。手足を洗いにあずま屋に戻って来た子たちも、お茶のポットをじーっと見てました。このように暑い時は、何とか水分補給の方法を考えたいです。子どもたちが学校に戻った後、お茶配りをバタバタとしている内に、昼食となり、片付けて。あっという間に時間が過ぎていました。暑い中、お手伝いしてくださった保護者の皆さん、ありがとうございました。

 今年は万騎小さんからの提案で、各自持ち寄りの“稲刈りお疲れ様会”を一本桜の下で行いました。ずっと「田植えと稲刈りの後はお神酒がほしいなあ」という指導者さんの声があったのですが、学校行事なのでアルコールは遠慮していただいていました。今回は完全に終わった後、学校は抜きの会です。万騎小役員さんのお子さんも来て、稲刈り後の田んぼで泥まみれになりながら遊んでいました。

 

 

10月19日(水)10:00~ 南本フェスティバル P内打ち合わせ

 御来賓、子どもたち、お手伝いの保護者、先生たちが食べるパックのお餅は3種、きな粉餅・あんこ餅・しょうゆ餅です。昨年、参加したフェスティバルのお手伝い、たまたままるめ作業のあんこ餅の担当でしたが、あんこ餅の形状がちょっと気になっていました。あんこで餅を上下ではさむ。どうして? 理由は、パックにお餅がべたーっとくっついてしまうから、だそうです。小さい頃から餅つきをする家で育った私。「大福状でも、粉をちゃんとつければ大丈夫なのに…」と思いました。

 まずは実践。家で実験してみました。①レンジで白玉粉を餅状にしてこしあんを包む。②市販の切り餅をレンジでチンして柔らかくしてこしあんを包む。片栗粉をしっかりまぶして、バットの上に置き、上からラップをかけて放置。30分後、1時間半後、餅はくっつきませんでした。「いける!」 これを他の本部役員にも見てもらって、今年のあんこ餅は、大福のようにあんこを餅で包むやり方にしようと思ったのです。

 家庭科室をお借りし、職員室の電子レンジを運び入れ、我が家から必要な調理道具を持ち込み、実験。餅とあんこの比率も確認し、餅60gにあんこ30gか、もち米の取れ高が少ない場合は餅が45gでもぎりぎり包めることを確認し、調理実習は終了しました。

 今年は教育水田活動30周年。子どもたちから“30”と切るか白抜きにしたのりをのり餅にはりつけたいという提案があったらしく、焼のりも買ってきて試してみました。大石先生からその話を聞いた時、まずネットでキャラ弁用のりパンチを探してみるも、数字のものは無し。家庭科室で、カッターを使って切り抜いてみるも難しいし美しくない。とりあえず試作品を大石先生と校長先生に見せて、帰宅。帰宅後、クッキー型で抜けないか? 校長先生提案のハサミで切り抜く(30は線対称なのでのりを半分に折って切り抜ける)等々、いろいろ試して、次の日「のり餅レポート」を提出。

 ……その後、職員会議で衛生面の不安や手間が考慮され、“30のり餅”は却下。残念。

 

 

10月24日(月)9:30~ 創立40周年記念事業のための雑用(製本など)

 創立40周年記念式典の式次第の製本や、準備をしました。私は受付の担当ですが、その流れを確認したり、御来賓とのやりとりをシュミレーションしたり、何だか雑用がいろいろあって、あっという間に時間が過ぎていきました。最後の最後、印刷で擦れた箇所が見つかり、あわてて直したりしました。

 

 

10月26日(水)8:20~ 脱穀

 稲からもみを分ける作業です。電動の脱穀機の横に、ちまっと足踏脱穀機。もちろんメインは電動ですが、子どもたちは足踏脱穀機を体験できます。まず大人が稲を干し場から下ろし、それを子どもたちが一本桜の所まで運びます。干場は意外に高さがあり、数人来られていたお父さん、フル稼働でした。最初は子どもだからと小さい束を渡していましたが、「もっと運べる」「もっとちょうだい」と頑張ってくれる子が多く、あっという間に運び終えました。稲の向きを揃えたり、ゴミを取り除いたりしていましたが、一向に電動脱穀機が動く気配がない。大人はとりあえず、干場片付けに入りました。竹の量が多い。竹は重い。思ったより重労働でした。それが済んでも電動脱穀機は動いてない。その隣で、足踏脱穀機は順調です。「もう、手動でいく?」とか考えていたら(竹運びで疲れていました…)、万騎小の技術員さんが「あれでやったら、そうね…、2、3日後には終わるかな」と。……あ。とても浅はかでした。「口に出さなくてよかった」。

 結局、修理が必要で、それは昼過ぎじゃないと無理なことが判明し、昼食をとりました。本部役員は片付けの後帰り、午後から指導員さんと技術員さんが脱穀してくださったそうです。翌日、学校で技術員さんに会い、昨日の脱穀が4時半までかかったことを知りました。脱穀機の故障なんて初めてだそうです。

 

 

10月28日(金)15:00~ 創立40周年記念式典・祝賀会の前日準備

 前役員さんや、各委員さんにも来てもらい、明日の準備をしました。

 

 

10月29日(土)9:00集合 創立40周年記念式典・祝賀会

 いよいよ本番です。思ったより寒くもなく、ただ雨だけが心配です。何とか消防隊の演奏とポートエンジェルスの演技まではもってほしいと願いながら、バタバタと準備をしました。

 時間前の受付は副校長先生とPTA会長に任せて、時々、運動場の演奏をのぞき見、のぞき聞きをしながらウロウロ。学校開放週間の最終日で、授業参観の後そのまま聞いていかれる保護者の方も多かったです。

 ポートエンジェルスの方のスタイルの良さ、映えるメイク、そのかっこ良さに「ほーっ」とため息ついてしまいました。私の中学の同級生が高校卒業後、県警音楽隊のカラーガードとして採用されましたが、彼女、本当に美人で背も高かった。吹奏楽部で頑張っていたので、「どうしてガード? クラリネットで採用じゃないの?」と不思議に思っていましたが、ポートエンジェルスの皆さんを見て、ようやく納得しました。今、何してるんだろ?

 

 この後は受付ラッシュ状態。事前に台本まで作った御来賓とのやり取りどおりには、全くできません。名簿に印を付けるとか、そういう手順も吹っ飛ぶくらい慌ただしく終わりました。

 意外だったのはお名前を伺うと御自分の肩書きで答える方が多かったこと。名簿は名前のあいうえお順で作成していたので、御本人とお名前を一致させるのに苦労しました。事前にいろんなトラブルを想定して、その場合の対処の仕方も話し合っていました。招待状に「欠席」と返事したのに来る方がいるかもしれない、とか。招待状を出してないのに来る方がいるかもしれない、とか。「え?」と思いますが、当日は何が起こるかわからない、思いもよらないことが起きるのよ~、だそうで。しかし、特に大きなハプニングは起こらず。よかったです。

 本部役員は、会費の計算をして、お手伝いの委員さんたちとお昼ごはん。その後、祝賀会の会場に入れてもらって、先生たちの合唱とカノンの合唱を聞きました。

 愛唱歌「南本小のなかまたち」を私は初めて聞いたのですが、思いがけず感動してしまいました。これは、創立当初、南本小には校歌がなく、当時の在校生が作った曲だそうです。子どもらしい、とてもシンプルな歌詞が逆にグッときます。いい歌です。ふと見ると、昨年の実行委員会立ち上げから、ずーっと裏方で準備をしていた前役員さんがボロボロ泣いてました。ここ1か月は毎日来てない?というくらい学校に来て、山のような雑用をこなし、お手伝いの私たちがやりやすいように色々下準備をしてくれました。彼女の涙を見たら、もらい泣きしてしまいそうでした。

 正直、今年が創立40周年にあたるとは知らずに本部役員になって、「ハズレだった」と思ったし、区P連で会うよその役員さんたちにも「うわー、やられたね~」と同情され、ため息つきつきやっていた時もありました。しかし、何度も何度も学校に来て熱い思いで記念誌を作る大跡会長や、それに応える先生たち、前日、当日と“動員感”無しにお手伝いしてくれた委員さんたち、御来賓の創立40周年をお祝いしてくださる気持ちと祝賀会を楽しんでいらっしゃる様子が嬉しくて、今は今年の本部役員、「アタリだった」と思います。